新卒で一緒に入社した同期が今月末で退職する。
今夜、彼の送別会が都内の居酒屋で開かれた。
わたしの同期は彼を含めて6人いたが、彼は最後の同期だった。
わたしは最後に彼を見送る同期として彼に言葉を贈った。
彼はすばらしい同期だった。
さわやかな笑顔と清廉さを持ち、誰へだてなくやさしく接することができる彼を、誰もがこころよく思っていた。
わたしは多くの言葉を持たなかった。気の利いたことが言えない、といえばそれまでなのだが。
だからわたしは、ただ率直に、彼の美点と、すばらしい同期であったこと、彼への感謝の言葉を述べた。
わたしが多くの同僚の前で話を終えたあと、ながらく彼の上司であった人が、次いで彼への言葉を贈った。
その人は「彼とは多くのことがあるから、ある詩を引用する」と前置きして、上着の内ポケットから紙片を取り出し、次の詩を読んだ。
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宮沢賢治
告別
(※註:強調した部分が送別会での引用箇所)
おまえのバスの三連音が
どんなぐあいに鳴っていたかを
おそらくおまえはわかっていまい
その純朴さ希みに充ちたたのしさは
ほとんどおれを草葉のようにふるわせた
もしもおまえがそれらの音の特性や
立派な無数の順列を
はっきり知って自由にいつでも使えるならば
おまえは辛くてそしてかヾやく天の仕事もするだろう
泰西(たいせい)著名の楽人たちが
幼齢弦(ようれいげん)や鍵器(けんき)をとって
すでに一家をなしたがように
おまえはそのころ
この国にある皮革の鼓器(こき)と
竹でつくった管とをとった
けれどもいまごろちょうどおまえの年ごろで
おまえの素質と力をもっているものは
町と村との一万人のなかになら
おそらく五人はあるだろう
それらのひとのどの人もまたどのひとも
五年のあいだにそれを大抵無くすのだ
生活のためにけずられたり
自分でそれをなくすのだ
すべての才や材というものは
ひとにとゞまるものでない
ひとさえひとにとゞまらぬ
云わなかったが、
おれは四月はもう学校に居ないのだ
恐らく暗くけわしいみちをあるくだろう
そのあとでおまえのいまのちからがにぶり
きれいな音の正しい調子とその明るさを失って
ふたたび回復できないならば
おれはおまえをもう見ない
なぜならおれは
すこしぐらいの仕事ができて
そいつに腰をかけてるような
そんな多数をいちばんいやにおもうのだ
もしもおまえが
よくきいてくれ
ひとりのやさしい娘をおもうようになるそのとき
おまえに無数の影と光りの像があらわれる
おまえはそれを音にするのだ
みんなが町で暮したり
一日あそんでいるときに
おまえはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさでおまえは音をつくるのだ
多くの侮辱や窮乏の
それらを噛んで歌うのだ
もし楽器がなかったら
いゝかおまえはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光りでできたパイプオルガンを弾くがいゝ
(1925.10.25)
(※註:以下より参考/引用)
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その送別会は、送別会としてふつうの送別会であった。
しかし、2つ大きく異なる点がある。
それは、わたしにとってすばらしい同期の送別会であったことと、
上記のような詩をもって会が締められたことである。
本物の魚ですよ。わりとちんまりした感じの... read more
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